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東京地方裁判所 昭和30年(モ)2862号 判決

申請人 宮本金蔵

被申請人 国際自動車株式会社

主文

当裁判所が申請人と被申請人との間の昭和二九年(ヨ)第四、〇一五号地位保全仮処分申請事件につき昭和三十年二月二十六日なした仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、申請人らの主張

申請人ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、被申請人会社(以下単に会社ともいう)はタクシー、ハイヤーによる旅客の運送観光などの事業を営むものであり、会社の利益代表を除く全従業員は昭和二十八年十二月当時国際自動車労働組合(以下組合ともいう)を組織していた。申請人らは従来から従業員として会社に期間の定めなく雇傭されておりまた組合の組合員である。

二、ところが会社は申請人らが昭和二十八年十二月十五日午後九時頃会社日本橋営業所において会社従業員たる館野正治を殴打暴行したとの理由により、就業規則第八十二条第一号に該当するものとして昭和二十九年三月十三日附で懲戒解雇の意思表示をなした。しかし、右解雇の意思表示は次項掲記の理由により無効であり、申請人らは依然として会社の従業員である。

三、意思表示が無効たる理由

(一)  申請人金子は解雇理由に掲げる暴行をしたことはないから前記懲戒規定に該当せず従つて解雇の意思表示は無効である。即ち会社が解雇理由とする暴行事件(いわゆる日本橋営業所事件)の事実関係は次のとおりである。昭和二十八年十二月一日組合は会社に対し年末手当要求の要求書を提出し、会社と団体交渉を重ねるうち争議状態に入り同月十日午後五時より遵法闘争として残業を拒否し、同月十六日ストライキに入らんとしていたが、同月十四日頃から会社の切崩し工作によつて組合を脱退する者が出はじめていたところが同月十五日夜九時頃会社の日本橋営業所控室において組合員九名が明日のストライキを控えて雑談中の席に右の切崩し工作により組合を脱退した館野正治がスト切崩しのビラを持つて来訪したので組合員の一人が「この裏切者」と怒鳴つたことに端を発し一同総立ちとなり、申請人金子は説得する目的で帰ろうとする館野の肩をたたき室内へ誘つたところ、寄つて来た組合員により後から押され、もみ合いになり倒れたものもあつた。館野はそのとき申請人両名によつて暴行を受けたというのである。しかし、申請人宮本は右のもみ合に加わつていたので館野を一、二度蹴つたようであるが、申請人金子はなんら暴行をしていない。またその後館野を屋外に追跡した組合員もあつたが申請人らは屋内にいてこれに加わつていない。

(二)  仮に申請人金子も右事件において館野に暴行したと認定されたにしても同月十六日右争議妥結に際し会社と組合との間において「今回の争議に関する限り労使双方共相互に一切の責任を問わないものとする」との条項を含む協定が成立しその旨の協定書が作成されたので右争議に関して発生した日本橋営業所事件の責任を問う本件解雇はこの協定に違反するもので無効である。

もともと日本橋営業所事件は争議直前異常の緊張にある際館野が不用意にも反組合的行動に出たために誘発されたもので組合員としては右館野の行動をもつて争議の切崩しと第二組合結成を助成する会社政策の実行であると信じたのは事態に照し当然であるから右事件は前記争議に関連すること勿論である。

その上、この事件の直後館野は同営業所の事務所から電話で会社に対し十数名の組合員から暴行を受けた旨報告しているし、会社の同営業所長も事件を目撃したのであるから、会社はこの事件を知りながら翌十六日に前記協定を締結しているのである。

しかして、労使が争議終結に関して一切の争議責任を問わない旨協定した場合には殺人事件であるとか有罪で実刑の判決が確定があつたとかいう重大な事件であれば格別争議の際に通常起り勝の事件については、たといその具体的事実を承知していなくても、これを含めて一切責任追及をしない意思を有するものというのが正当である。

(三)  次に申請人らの所為は就業規則第八十二条第一号の懲戒事由に該当しない。申請人金子が暴行をなしておらないことは(一)に述べたとおりであるが、申請人宮本の所為も含めて日本橋営業所事件そのものが就業規則第八十二条第一号「他人に対し暴行脅迫を加え又はその業務を妨げたとき」に当らない。即ち、就業規則第八十条及び第八十二条が懲戒事由として列挙するものを見るとその大半は直接に職務に関するものでこのことから第八十二条第一号前段「他人に対し暴行脅迫を加え」も職務に関するものと解釈しなければならない。また、多くの就業規則では有罪の言渡を受けたときとか刑が確定したときに懲戒解雇することになつているのを見ても、ただ職務外で暴行脅迫があつたということで直ちに懲戒解雇にすることは苛酷に失する一方、例えば、上長、顧客、執務中の従業員などに対し暴行脅迫を加えた場合は懲戒解雇もやむをえないし、懲戒は職場の秩序維持のためのものであることを考えると、これは当然の解釈である。しかるに、日本橋営業所事件は就業時間以外の職務に関しない事件であるから、これに第八十二条第一号を適用することはできない。

また、本件は争議権を守る意図に基いてなされたものでありまた争議中の所為に準ずべきものであるからこれに対し平常時の職場秩序を維持することを目的とする就業規則の懲戒規定を適用することはできない。

仮に、日本橋営業所事件における申請人らの所為が右懲戒条項に該当するとしても、右事件は館野の挑発行為によつて惹起された事件であり、また、申請人らの常習性がもたらした事件ではなく偶発的な事件であるから、情状酌量すべきであり解雇処分は不当である。

即ち、館野は当夜前記のように翌日のスト敢行を決意し異常の興奮状態にある組合員に対し「私はあなた方と行動を共にすることはできません」と宣言してこれに挑戦したので組合員としてはストライキを切り崩しに来たと直感しこれに憤激憎悪するのは当然である。従つて日本橋事件は館野の重過失による誘発行為に起因したやむを得ない事態であつてこれに平時の出来事を規律することを目的とする就業規則を適用することは相当ではない。

(四)  会社就業規則第七十九条第三項には「懲戒は懲戒委員会の議を経て之を行う」と規定されているにも拘らず、本件懲戒解雇はこの議を経ずして解雇したもので、この手続違背は解雇の意思表示を無効ならしめる。

即ち、昭和二十九年三月四日、日本橋営業所事件について懲戒委員会を開きたいとの申し入れが会社から組合にあつたが、組合は右事件は(二)に述べたように争議妥結に際しての協定条項に含まれている事項であると解していたので同月九日の懲戒委員会においてこの点について権威ある第三者の判定を聞いた上で決定したいと述べたところ、会社は右協定外の事項であると主張し、それ以上の実質的審議を経ることなく、同月十三日附で右事件に関する処分として申請人両名を懲戒解雇した。かように組合は理由なく実質的審議に入ることを拒否したのではないのに拘らず、会社は解雇の既成事実をつくろうとして懲戒処分を断行したのであつて、就業規則の右条項に違背するものである。

四、右に述べた各理由により会社の申請人らに対する解雇の意思表示は無効であるに拘らず、会社は申請人らを従業員として取扱わないので申請人らは雇傭関係存続確認の訴を提起すべく準備中であるが、その判決確定に至るまでに受ける生存権の危殆と組合活動の圧迫との回復し得ない損害を防止する必要上仮処分申請をなしたところ「被申請人が申請人らに対して昭和二十九年三月十三日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する」との主文第一項表示の仮処分決定を得た。右決定は相当であるからその認可を求める。

第二、被申請人の主張

被申請人訴訟代理人は、主文第一項表示の仮処分決定はこれを取消す。申請人らの本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする。との判決を求め、申請人らの主張に対して次のとおり述べた。

一、申請人ら主張の一の事実中申請人らが現在会社の従業員であることは否認し、現在組合員であることは争い、その余の事実はこれを認める。

二、同二の会社が申請人らに対し懲戒解雇の意思表示をなした事実はこれを認める。而して、右意思表示の無効理由として申請人らの主張するところはいずれも理由のないこと次項に述べる如くであるから、右意思表示は有効であつて申請人らと会社との間にはもはや雇傭契約は存在しない。

三、申請人らが意思表示の無効理由として主張するところに対する答弁

(一)  申請人ら主張の(一)について、

申請人らの主張する事実関係はその重要な点において誤つており、申請人らはいずれも真実館野正治に対し暴行をなしている。即ち、日本橋営業所事件の事実関係は次のとおりである。

昭和二十八年十二月十五日午後九時頃組合を脱退した館野正治外二名が多数の脱退者により作成され組合に対する脱退挨拶状を携えて日本橋営業所を訪れ申請人らを含む八、九名の組合員に右挨拶状を交付して直ちに辞し去ろうとしたところ、申請人金子が館野を引捕え、引き倒し、申請人らは他の組合員と共に殴る蹴るの暴行を加え、しかも熱湯のたぎつている薬罐の湯を浴びせて火傷まで負わせ、且つ口々に「この位はまだ軽い方だ」「片輪にならず命があるだけいい方だ」「殺してしまえ」「たたき殺せ」「帰すな」などの暴言を吐き更に屋外に脱出した館野を追跡して暴行を加えた上、救助のため現場に急行した警察官を押しのけ、その拳銃に手をかけて奪取しようとさえした。かくて館野は警察官の庇護を受けて辛うじて危急を脱したものであるが、右暴行によつて全治二週間の傷害を受けたのであつて、通常の「なぐり合い」「喧嘩」の程度を遥かに逸脱する悪質の暴行傷害行為である。

右暴行傷害事件のため申請人らは書類送検となつている次第であつて、会社のとつた本件措置はなんら不当ではない。

(二)  同(二)について、

申請人主張の如き協定書の作成された事実は認める。しかし、本件解雇はこの協定の範囲外の問題である。この協定は労使双方の争議行為の責任(例えば、労組側の業務管理行為、業務命令拒否行為などの責任)を不問に附することを協定したのであつて到底争議行為とは認め難い日本橋営業所事件のような暴力行為に関する個々の従業員の責任までも不問に付する趣旨ではない。

右協定に至る事情は次のとおりである。即ち、組合は昭和二十八年十二月十日午後五時より会社に対しなんらの通告もなく(会社が闘争宣言を受領したのは十一日午後十時である)、遵法闘争と称して会社組合間に正式に協定された二時間の残業協定を排除することを決定し、組合独自の勤務配車割を編制するなど事実上組合において営業を管理した。例えば同月十日組合の青木闘争委員長は就業規則第十四条によつて顧客の要求による早朝出庫を命ぜられた新町営業所の観光バス乗務員に対し、これを拒否すべき旨を指令したため、遂に顧客の要求に応ずることを不可能ならしめたり、十二日には組合が指令して中野営業所においてタクシーを一定の時刻に時を同じうして帰庫させ、これを洗車場前に五列に密着して列べさせ、事実上車の移動を不可能にし、全車輌六十台を出庫できない状態に置くなど多くの具体的な違法行為が遵法闘争の名の下に行われた。会社は右のような組合の行いつつあつた違法な業務管理行為並びに右に例示したほか数々の具体的な違法行為について将来組合或は組合幹部の責任を追及するとの方針を堅持し、数度に亘りこれを組合に警告し来つたのである。ところで十六日の争議の最終段階における団体交渉の席上、この争議責任追及の問題が組合側から質問され会社側はすでに何回かの警告書も出してあり固よりこれを問う旨を答えたのであるが、組合側から更に強い希望があつたので、会社も争議の円満妥結が第一義であることを慎重に考慮した結果、今回の争議の違法は明白であるけれども、これに関する組合乃至組合の指導者の法的責任はこれを不問にすることに態度を改め、これを組合に示したのである。然るに法的責任の免除のみでは道義的責任が残るとして組合は法的ならびに道義的責任の双方を免除することを極力要望したので、会社は専ら争議の妥結を企図し、内容の明瞭でない道義的責任に拘泥しないという観点から「今回の争議に関する労使双方の一切の責任を問わない」旨の提案をしたところ組合もこれを了承したのである。即ち、ここにいう一切とは「法的、道義的双方」の意味であることは右席上の論議の内容からみて疑問の余地がなく、問題は「労使双方」の争議行為上の責任の免除であつたのであり、組合又は組合の機関対使用者間の争議行為上の責任のみを不問とする趣旨であつたのである。

申請人らは右の一切の字句は労使間の争議行為のみならず、争議の際起つた従業員全員の責任をもこれに包含せしめたものであるというが、右団交の席上組合側の何人からもその趣旨が発言されたことはなく、論議の的となつたのは、法的、道義的責任の内容如何のみであつたことからも右の見解の誤りであることは容易に窺い知られるのである。従つて、日本橋営業所事件の如き事案に関する責任まで不問とする趣旨の合意が成立する筈はなく、固より具体的に同事件に関する問題は少しも論議せられていない。この場合もしこれをも包含せしめる組合の意思であつたのならば例示的に同事件の加害者の責任を論題となし得た筈である。然るにこれがなされなかつたのは組合側においても前記の違法争議行為に対する幹部の責任追及をしないことに限定していたことはこれを窺うに難くないのである。

いずれにせよ、右の責任免除の協定は、当事者たる労使双方に関するものに限られていて、日本橋事件のような従業員相互間の争議行為に当らない事件についての責任をも免除する意思をもつていなかつたことは明白であり、到底右協定によつて申請人ら主張のような効果を生ずる理由がないのである。

(三)  同(三)について、

申請人らの行為は就業規則第八十二条第一号に該当する。本件は職場において行われたのみでなくその程度が甚だしく常規を逸していたし、剰え警察官に対してまで抵抗するに至つたのである。かかる重大な悪質行為者を会社従業員の地位に止めることは、著しく会社の信用名声を害し、他の従業員に対して悪影響を及ぼしひいては職場秩序の維持に支障を来すべきこと明らかであり、この行為が右第八十二条第一号にいう暴行に該当することは疑いを容れない。

而して、会社は同条に基ずく自由な裁量により情状斟酌の余地のないものと認めたのであつてなんら違法ではないと共に、前述の暴行の程度、態様及び事案が刑事事件に進展した事情などを勘案し、特に被害者に別段の挑発的言動のなかつた事実をも参酌するときは何等情状酌量すべき余地を見出すことはできず客観的にも妥当な処分というべきである。即ち、申請人らは館野が挑発したと主張するのであるが、館野が争議に際して積極的に脱退を他に働きかけた事実はなく、むしろ、麻布営業所の全般の動きに追随して消極的な立場をとつていたのであり、日本橋営業所に脱退の挨拶状を届けたのも山王下営業所が脱退の挨拶を行つた例にならつたに過ぎずしかも、館野は帰宅の途中立ち寄つたのであつて他の営業所を切崩すとか脱退せしめるとかいう積極的な意図によるのではないから、紛争の挑発者とは見られない。

なおまた、申請人らに功績善行による表彰の経歴があるとか、爾後改悛の情顕著であるとかの斟酌すべき情状のある場合は論旨解雇の余地がないではないが、そのような事情がないので本来懲戒解雇を免れない。ところで会社は全く恩恵的にこれを諭旨解雇としようとしたが申請人宮本は解雇通知の受領を拒んだので温情的処置を取りやめ懲戒解雇処分に付したのである。

(四)  同(四)について、

申請人ら主張の就業規則第七十九条第三項の規定の存在は認めるが、この規定の要求する手続を履践している。

即ち、争議妥結に際しての協定書の趣旨は日本橋営業所事件とはなんら関係のないことが明らかであるので、昭和二十九年二月十六日申請人らから右事件の事情を聴取したところ、これを聞知した組合から苦情がでた。しかし、申請人らの右事件についての責任はそのまま看過すべきものではないので同年三月四日会社は就業規則の右条項に基き懲戒委員会の開催を申入れ同月九日これを開催したのであるが、席上組合側委員は実質的審議に入ることを拒否し、今後右事件については一切の審議に応じないとの態度を表明したので、会社は爾後同委員会を開催しても無意味であると認め同月十三日附で申請人らを懲戒解雇処分に付したのである。従つて右三月九日の懲戒委員会の討議をもつて右条項の要求するところは充たされたものといわねばならない。

四、右の次第で申請人らが解雇の意思表示の無効理由として主張するところはいずれも理由がなく、従つて申請人らと会社との間の雇傭契約は終了しているので、その本案の権利が認められない本件仮処分申請は失当として却下されるべきである。

第三、疎明〈省略〉

理由

一、被申請人会社がタクシーハイヤーによる旅客の運送、観光などの事業を営むものであり、申請人らが会社に期間の定めなく雇傭されて来た従業員であると共に、会社従業員によつて組織された国際自動車労働組合の組合員であつたところ、会社は昭和二十八年十二月十五日午後九時頃申請人らが会社の日本橋営業所において会社従業員館野正治を殴打暴行したとの理由により就業規則第八十二条第一号に該当するものとして昭和二十九年三月十三日附で懲戒解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争いない。

申請人らは右解雇の意思表示は無効であると主張するので、その理由として主張するところにつき順次判断する。

二、申請人らの主張する無効理由(一)について、

会社が懲戒理由として主張する暴行事件、いわゆる日本橋営業所事件の際、申請人宮本が館野に暴行した事実は同申請人の認めるところであるが、申請人金子はなんら暴行していないと主張し、右事件の事実関係については争いあるところ、成立に争いない疏甲第十五号証の一、疏乙第十二、十三号証、同第十五号証、同第十七号証及び同第十八号証を綜合すれば右事件の事実関係は以下の如くであることが一応認められる。

昭和二十八年十二月初頃組合は会社に対して年末手当を要求し団交を重ねたが妥結に至らなかつたので争議状態に入り同月十六日よりストライキに突入しようとしていたところその前日である同月十五日会社麻布営業所に勤務する組合員らは協議の上組合の闘争方針に反対し、同営業所の組合員は全員組合を脱退した。そして右脱退者の一人である館野正治は他の脱退者二名と共に麻布営業所一同作成名義のお知らせと題する「今回の労資共に出血多量なる様相を示して居ります不幸なる争議に対しまして、麻布支部一同公共事業のたてまえより、御得意様に対する御迷惑をとくと熟慮し、且つ種々意見の交換を致しました結果、昭和二十八年十二月十五日午後三時支部全員の意見の統一の基に、国際自動車労働組合を脱退致しました。長い間共に働き共に闘つて参りました他支部の皆様方も私達の意とするところをお察し下さると存じます。今までの御交情厚く御礼申上げます。」と記載した書面(疏乙第十三号証)を携え、右組合脱退の事実を他の営業所の組合員に知らせるため各営業所を順次訪れ、同日午後九時頃日本橋営業所に到り乗務員控室において組合日本橋支部長林に右書面を交付し辞去しようとしたところ、同室に他の組合員八、九名と共にいた債権者宮本は右書面の趣旨がストライキに反対し組合から脱退するものであることを知るや、申請人両名は右組合員八、九名と共に憤激の余り口々に「この馬鹿野郎」などと叫びながら館野を殴打しつつ引き倒し、或は頭部、胴体などを殴打または足蹴にし、館野が長椅子につかまつて立上ろうとするとまた引き倒されて暴行を受けている内物音をきいて現場に来た服部日本橋営業所長に助けられ漸くその場を逃れることができたが、右暴行により倒れた際受けた胸部打撲傷と後頭部打撲傷のため約三週間の加療を要する傷害を受けた。

右の事実が認められ、右認定に反する疏明は信用できない。

なお成立に争いのない疏乙第十八号証によれば、右暴行を受けて後館野が帰途につこうと右営業所を出たところ、再び同営業所の組合員から暴行を受け、折から来合わせた警察官に保護された事実が認められるが、申請人らが右暴行に加わつていたことまたは右暴行が申請人らとの共謀に出たものであることを認むべき疏明はない。

右のとおりであつて申請人金子が館野に暴行を加えていないという前提にたつ主張は失当である。

三、同(二)の主張について、

昭和二十八年十二月十六日争議妥結に際し申請人ら主張どおりの条項を含む協定書(疏甲第四号証の十四)が会社組合間に作成されたことは当事者間に争いない。そして右協定書はその記載によれば労働組合法第十四条にいうところの労働協約であること明らかであるので、組合員個人に対してもその効力を及ぼすものと解すべきである。

ところで、一般に本件の如く争議妥結に際しその争議に関して労使双方共相互に一切の責任を問わないとの趣旨の協定を締結した場合当事者双方はこれを以つて、その争議に関して現に生じまたは将来生ずることあるべき一切の紛争を解決し、その責任を追及しない旨表明したのであるから、会社と組合との間の争議に関する責任、例えば会社が組合の不法行為または債務不履行による損害賠償責任を追及しない旨の合意を含むこと勿論であるが、別段の留保の意思表示または特段の事情の認むべきもののない限り、会社はその争議に関して組合員個人の責任も追及しない旨の合意を含むと解するのが相当である。そしてここにいう争議に関するとは組合員のなした違法の争議行為そのものに限らず、苟も争議に関係する限り必ずしも争議中に限ることなく争議と因果関係を有し且つ当時のわが国における労働常識上争議と関連して発生するであろうことが通例の事態として予想され得る性質の不法行為ないし債務不履行をも包含すると解すべきで、これが通常の場合当事者の真意に合致すると考える。それ故右のような協約を締結した場合、会社従業員たる組合員の中に右のごとき不法行為ないし債務不履行により就業規則の懲戒事由に照らし責任を問われるべき者があつた場合でも会社はこの協約の効果としてその責任を追及することができないものというべく、その不追及の合意は単に債務を負うに止まらず懲戒解雇権の制限に外ならないものであるから、右の協約に違反した責任追及即ち解雇の意思表示は無効といわざるを得ない。

この見地から本件を考察するに成立に争いない疏乙第十五号証によれば会社は前記協定締結の前夜、詳細な内容に及んでいたけれども、日本橋営業所において組合員たる従業員の暴行事件の発生したことの報告を受けたことが認められるので、右協約締結の際会社は組合員が争議に関して暴行事件を惹起したことを承知していたと推定すべきであり成立に争いない疏甲第十五号証の二、三、疏乙第十五号証及び同第十七号証によれば右協約成立の直前争議責任の追及については労使間に論議が重ねられたのに拘らず日本橋営業所事件については会社はなんら言及せず、もとよりこれを除外する旨の留保をなさずして一切の責任を問わない旨協定したことが認められ、その他この事件に関して別段の意思表示のなされたことを認むべき疏明はない。会社は右協定条項を明示するに至つた経緯について、違法な争議行為について組合及び組合機関たる幹部の法的及び道義的責任の有無が論議の対象となり、その不追及の趣旨で一切の責任を問わないとの語句が使用されたのであるから、合意の内容は組合及び組合幹部に対し争議行為に関する責任を免除する趣旨に限られ、組合員個人としての違法行為は右の合意に含まれていないと主張し、成立に争いない(疏乙第五、七、十、十五号証及び同第十七号証を綜合すれば会社は本件争議中組合の違法な争議行為に関し組合幹部に対し強く警告を発して来たこと、及び右条項作成に際しての会社組合間の論議は違法な争議行為に関しての組合及び組合幹部の法的責任道義的責任の問題に集中されていたことを窺い得ないではない。しかしながら、右論議のなされた団体交渉の席上、この協定の対象が組合及び組合幹部の責任に限らるべきことを会社側から明言した事実については主張も疏明もないし、また、右認定のような事情から組合側でこの協定の対象は組合及び組合幹部の責任問題に限られることを諒知して締結したと推定することは困難である。更にまた、右認定のような経緯に照らせば、右協定条項の重点は組合及び組合幹部の責任問題にあつたことは推知できるが、このことをもつて右協定により免責される者が組合幹部に限らるべき特段の事情とするに足らず、その他に免責者が組合幹部に限られると解すべき特別の事情は見当らない。そこで、更に日本橋営業所事件と争議との関連性即ち右協定のいわゆる争議に関するものであるか否かにつき検討する。前記のとおり日本橋営業所においては申請人らを含む組合員一同は十二月十六日にストライキに突入せんとする組合の闘争方針に従つていたのであるから、その前夜館野が同営業所を訪問した際申請人ら組合員は翌日のストライキを控え異常な緊張状態に置かれていたことは推察するに難くない。従つて、館野らの組合脱退に憤激し、その通告のために敢て来訪した同人の行為をストライキ切り崩しの運動と感知したのは無理からぬところであつて、暴行はこの一時的興奮と群衆心理に駆られて敢行されたものであるからこの事件と争議とは密接な関連を有し争議がなければ発生しなかつたのであろうことを推認するに難くない。ところでかかる事件は労働争議に通常随伴発生するものであるかというに、暴力行使は厳にこれを戒めなければならないが、わが国において当時の労働常識としては争議行為中または争議に接着して組合員と争議から脱落する組合員との間に紛争を生じ暴力沙汰に及ぶことは、通常あり得る事態と考えられているものというべく、これを以つて当事者の予期しない異例に属する事態であると論じ去ることはできない。即ち、日本橋営業所事件は争議に関連して通常の事態において発生することが容易に予測され得る性質の不法行為と認むべきであるので、本件協定にいわゆる争議に関するものと言わざるを得ない。

右の次第で、本件協定を締結するに際し、たとい日本橋営業所事件について当事者双方共その事件の内容を察知せず且つ具体的に論議の対象とならなかつたとしても、右協定の範囲内に包含されていると解すべきであるから、右事件における申請人らの所為を理由としてなした懲戒解雇の意思表示は右責任不追及の協約に違反し、無効と断ずべきである。

よつて、この点の申請人らの主張は理由がある。

四、してみれば、その余の争点について判断するまでもなく、申請人らと会社との間の雇傭契約は存続しているものと認むべきであるので会社の従業員たる地位を否定されながら本案裁判の確定を待つことは申請人らにとり回復すべからざる著しい損害があるといわなばならない。

よつて右解雇の意思表示の効力の停止を求める仮処分申請は理由があるのでさきになした仮処分決定を認可することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)

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